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風俗にまつわる有名人のコラムコーナー

kaku-butsuカクブツJAPAN〜俺にも言わせてくれ〜

kaku-butsuにゆかりのある人物が、週替わりで、時に熱く、時にクールに風俗に限らず世の中(ニュース、カルチャー、スポーツetc...)について、語り尽くすコラムコーナー

せきしろ

文筆家
せきしろ

文筆業。小説やエッセイなど多方面で活躍。著書小説『去年ルノアールで』はドラマ化もされ、「無気力文学の金字塔」と各方面で話題になった。他の主な著書に『不戦勝』『妄想道』などがある。また、『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(ともに又吉直樹との共著)で自由律俳句に、『ダイオウイカは知らないでしょう』(西加奈子との共著)で短歌に、他に『煩悩短編小説』(バッファロー吾郎Aとの共著)などがある。

小保方さん以外について~カニとジャンケン編

2014/08/21(木)

文筆家 せきしろ


もしも蟹とジャンケンすることになったら?
そんなことを考える。
そもそも蟹とジャンケンしなければいけない状況などあるのか? ある。悪者に「蟹とジャンケンして、お前が勝ったら人質を解放してやる」と言われた時がそうだ。
「カニとジャンケンして勝つ!?」
私は驚く。なぜなら蟹の手はハサミになっているため、チョキしか出せない。つまり私がグーを出せば勝つというわけで、イコール人質も解放だ。明らかにこちらが有利な条件ではないか。もちろん私は受け入れる。
その瞬間から私はグーのことばかり考えるようになる。
「グーを出す。グーをだせば勝てる。グーを出す、グーを出せば勝てる……」
いざジャンケンが始まった時、一瞬でもこのことを忘れてしまったら大変だ。特に今は人質の命が懸かっている。ミスは絶対に許されない。私は念には念を入れ、グーのことばかり意識的に考える。
ところが「忘れてはいけない」と思えば思うほどそれがプレッシャーとなり緊張が極度に高まる。「忘れてはいけない……忘れてはいけない……何を?」と忘れてしまいそうになる可能性すらあるため、「忘れてはいけない」と考えるのを止める。とにかくグーのことを考える。
同時に外部からの情報も遮断しなければいけない。「パー」を彷彿させる言葉が頭に入って来ただけで、「グー、グー、グー、パー」と不純物が紛れ込んでしまい、思わずパーを出してしまう可能性があるからだ。「♪パッ!とさいでりあ~」というCMソングなんてフレーズを聞いてしまったならば大変なことになる。グーに意識を集中させ、他のことが入り込む余地をなくす。しかし、一回「♪パッ!とさいでりあ~」と考えてしまったために、その手の曲に多い現象、そう「頭のなかでいつまでも同じフレーズが鳴り続ける」現象に陥る。これは危険だ。グーだ、今はグーのことだけを考えるんだ。
「グーを出す、グーを出す……」
そうやってグーのことばかり考えているうちに、ふと疑問が浮かび上がる。蟹は本当にチョキしかだせないのだろうか、と。
私は知りうる蟹の名前とその形を思い出す。タラバガニ、ズワイガニ、ケガニ、タカアシガニ、シャンハイガニ……。それらの手はすべてチョキになっている。やはり蟹はチョキしか出せない。予定通りグーを出せばよい。迷うことはない。
「グーを出す、グーを出す……」
今度は別の疑問が浮かぶ。悪者はなぜこんな簡単な条件を出してきたのか? もしかしたらこれは罠ではないだろうか? 簡単な条件に見せかけて実は大きな落とし穴があるパターンではなかろうか?
例えば、カニがハサミを開いている状態はチョキだが、閉じている場合はチョキではなくグーとみなされる、というような私の知らないルールが存在するのかもしれない。つまり、カニにはチョキだけではなくグーもあることになる。それなのに私は「カニはチョキしかない」と決めつけてかかっているではないか!
私は焦る。どう対処すべきか。グーを出すことだけしか頭になかったのに、ここにきて考え直さなければいけないということなのか。ジャンケン開始は迫っている。
ここで私は気づく。グーを出してもあいこになるのだから問題ないということに。やはり私はグーを出し続ければよいのだ。
「グーを出す、グーを出す……」
ただ、蟹もグーを出し続けたらどうする? いつまでもあいこが続くことになる。悪者の条件は「勝つこと」であるのだから、いつまでたっても人質は解放されないことになる。
ならばグーの応酬が続いている時に、パーを出せばよい。それで私の勝利だ。
だが、それを狙って蟹がハサミを開き、チョキを出してくると負けてしまう。パーを出すタイミングが難しい。慎重になる。
とはいえ、あまりにも慎重に行き過ぎていつまでもあいこが続くと、勝負を見ている者たちも飽きてくるだろう。人質さえも「はやくしろよ」と思い始めるに違いない。飲食店の券売機で迷っているうちに後ろに人が並んでいる時のような空気。そんな中にいつまでもいられるほどメンタルは強くない。「どこかでパーを出さないと!」と新たなプレッシャーが生じる。グーを作った拳の中で汗が滲み出てくる。
とにかく早くパーを出さないといけないが、迂闊にパーは出せない。パーを出すタイミングをカニに読まれたら終わりだ。私の表情の僅かな変化からカニは見抜いてくるかもしれない。
いや、ちょっと待て。蟹にそんな駆け引きをする知能はないはずだ。
そう決めつけて良いのか? 本当に知能はないのか? 知能が無くても偶然だってあり得るではないか。私のパーをカニのチョキが重なり合う偶然が。
その前に、だ。そもそも、カニのグーのルールは私が仮定した話しであって、実際に存在するのかどうかは不明だ。
「ジャン、ケン……」
悪者の掛け声が聞こえる。ジャンケンが始まる。
もう考える暇はない。結局何を出せば良いのか。初心に戻ろう。
「えっと、結局グーで良かったんだっけ?」
何を出そうとしていたのか。何を出すのが正解だったのか。
頭の片隅では「♪パッ!とさいでりあ~」がいまだに流れている。
その音がだんだんと大きくなってくる。もうだめだ……!

私はここで怖くなって考えるのをやめる。
すっかり目が冴えてしまった。昼寝は中止だ。『ミヤネ屋』でも見よう。