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風俗にまつわる有名人のコラムコーナー

kaku-butsuカクブツJAPAN〜俺にも言わせてくれ〜

kaku-butsuにゆかりのある人物が、週替わりで、時に熱く、時にクールに風俗に限らず世の中(ニュース、カルチャー、スポーツetc...)について、語り尽くすコラムコーナー

せきしろ

文筆家
せきしろ

文筆業。小説やエッセイなど多方面で活躍。著書小説『去年ルノアールで』はドラマ化もされ、「無気力文学の金字塔」と各方面で話題になった。他の主な著書に『不戦勝』『妄想道』などがある。また、『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(ともに又吉直樹との共著)で自由律俳句に、『ダイオウイカは知らないでしょう』(西加奈子との共著)で短歌に、他に『煩悩短編小説』(バッファロー吾郎Aとの共著)などがある。

小保方さん以外について~ドリンクバー編

2014/07/3(木)

文筆家 せきしろ


 深夜、ファミレスで仕事をすることがある。「わざわざ外に出てきたんだからやらないと!」と自分を緩く追い込むためである。
 近所にファミレスは数軒あるのだが、遠くまで歩くのも面倒なので最も近いところにある店に行くことが多くなり、従って『ジョナサン』へと頻繁に足を運ぶことになる。
 目的はあくまで「仕事をするため」であるので、何か食べようとは考えてもいない。そのため注文するのはいつも『ドリンクバー』単品だ。
店に入り、人数を告げて、席へと案内される。
「ドリンクバーを」
「ドリンクバーですね。かしこまりました」
 店員にドリンクバーを注文し、「では、あちらにドリンクバーがございますのでご自由にどうぞ」と説明を受ける。以上でドリンクバーの注文は終わりで、あとは自分のための自由な時間となる。
 ところが、私にとって大きな問題がひとつある。ドリンクバーだけを頼むと店員が良い印象を抱かないのではないか、「なんだこの客、ドリンクバーだけか」と思われているのではないかという不安に苛まれるのだ。
 特に深夜。この時間の店員はいつ行っても同じ人だ。私の注文を受ける度に「この人またドリンクバーか」と呆れている可能性は高く、「たまには違うものを頼めばいいのに」と思っているに違いないのだ。
 さらに、注文を取りに来た店員に、水と一緒に箸やフォーク等が入った小さなバスケットを持ってこられてしまうと、「それは使わないんだよなあ」と非常に申し訳ない気持ちになる。「ドリンクバーを」と注文を告げると、店員は「ドリンクバーですね。かしこまりました」と持ってきたバスケットを再び持って帰る。店員の好意を無下にしたようでなんだか悪いことをした気になる。
時にはそういった不安の重圧に負け、仕方なく食べたくもないものを一品頼んでしまうこともあるのだが、なぜ自分はここまで気を遣わねばならないのか、別にドリンクバーを頼むことは悪いことではないのだから堂々としていればいいじゃないかと思い直し、帰り道はいつも何に対してかはわからぬ怒りが湧いてくる。
 しかし、次にジョナサンに行く頃にはそんな怒りは微塵も残っていない。結局、同じ思案を繰り返してしまうのである。
純粋にドリンクバーだけを気兼ねなく頼めることができたならどんなに幸せだろうか。そんな切実な思いが編み出したのが、「とりあえず」と頭に付けるという方法である。
「とりあえずドリンクバーを」
これだけで「ああ、この人は他にも何かオーダーする気だな」と店員に思わせることができるのだ。居酒屋においての「とりあえずビール」に似ている。あれも他にも何かを注文する空気で充満している。とにかくこの方法なら、躊躇することなくドリンクバーを頼むことができる。
 ただ、この方法は「あの人、とりあえずって言っていたけど、いつになったら追加注文をするのだろう」と思われてしまうかもしれなく、いらぬ気を利かせた店員が追加注文をとりにくるかもしれない。そう考えると気が気でない。ドリンクバーを十分に堪能できなくなってしまう。
そこで別の方法を考えた。じっくり、ゆっくりとメニューを見て何を注文しようか集中しているふりをするという方法だ。メニューの隅から隅まで熟読し、使用食材やアレルギーのあるなし、カロリー表記を確認、時折前のページに戻ることによって、さらに真剣さをアピールする。数分後、数あるメニューの中からやっと選び抜いたように「ドリンクバー」と告げるのである。すると店員は「この人は吟味を重ねてドリンクバーに決めたんだ」と納得し、私のドリンクバーのオーダーに何かしらの意味や意義があると勝手に解釈してくれる。私は不安を抱えることなく、あとは胸を張ってドリンクを飲むだけである。
逆に急ぐという方法もある。とことん急いでみせるのだ。何かに追われているという体でメニューを選んでいる暇などないという雰囲気を醸し出しつつ「ドリンクバー!」と伝えたならば、店員もつられて「この人昨日も確かドリンクバーを……いや、今はそれどころじゃない!」と余計なこと考えなくなるはずだ。急ぐ演技で汗を流した分、ドリンクが美味しくなる利点もある。
このように様々なドリンクバーの注文方法を考案していたある日のこと、席に着くや否や「ドリンクバーですよね?」と店員に言われてしまった。いつの間にか私は常連扱いとなっていたのだ。
ドリンクバーを自分で注文する必要がなくなったのは良いことではあるが、それだけドリンクバーの印象が強い私は、きっと店員たちに「ドリンクバー」とあだ名をつけられているのは間違いなく、「ドリンクバーが来たぞ!」「ドリンクバーがドリンクバーを注文だ!」なんて言われているのだろう。
こうなると「どうせドリンクバーだろう」と決めつけてくる店員の期待を裏切り、ドリンクバーのイメージを払拭したくなる。
「ドリンクバーですよね?」
「いいえ、カレーうどんとライスです」
 なんてことを言ってやろうかと思ったが、それはそれで少なからず店員を傷つけることになるかもしれないと思い、結局それから『ジョナサン』に行ってない。